アメリカ南部ど田舎奮闘記

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2014年 08月 15日

日本遠征記~圧巻のゼロ戦そして衝撃の魚雷


戦艦大和の縮小模型に続き
我々を釘付けにした

本物!

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これはテスト飛行で
琵琶湖に不時着水したものらしいが

実際に使われたものと
全く同じタイプらしい。

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初めて至近距離で眺める零戦、

やはり感情的に見つめてしまうよね。

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当時の最高技術が
具体化されたマスターピース

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そのオーラに圧倒されて

ちゃんと説明読んどらんのが悔やまれる。

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見事なペイント、
日の丸の美しさに心臓パクパク。

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ああエンジン萌え~

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なる余裕無い程
興奮トランス状態。

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乗り物マニアな歴女にとっちゃ
たまらんのんよ。

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徹底した国家機密として
呉で実用化された

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当時の最先端テクノロジーが

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後の新幹線や自動車産業にも
適用された、なんて

学校で習った覚え無いぞ。

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なかでも衝撃じゃったのが

回天と呼ばれる人間魚雷。
(Human Torpedo)

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恥ずかしながら私ゃここ来るまで
その存在、名前さえ知らんかったんよ。

(学校で習う歴史が
いかに大雑把じゃったか
この歳なって分かりました)

これにはおいちゃんでさえ
衝撃じゃったらしい。

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自ら志願して
海の特攻隊となったのも
皆20歳前後の若者たち。

展示されてあった最後の手紙

「お父さん お母さん、」

この部分だけで滲んで
全文読めんかった。

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今日は
偶然にも終戦記念日。

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呉大和ミュージアムに来て改めて

普通に暮らせよるおいらは
ほんま恵まれとる、思うたよ。

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と同時に
戦争で敗北重ねてく中

極限の抵抗で
次々と犠牲になった若者達の事
一生忘れんでおこう思いました。

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Karmaゆうの存在するなら
彼らにはセカンドチャンスとして

また新たな生命与えたげて欲しい、
本気で思うたよ。

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そう思うと
ごく普通の生活が

もの凄い貴重に思えてなりません。

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ほいじゃけ
このオバちゃんがね、

今まで以上に甘やかして

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あ・げ・る♡

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自主退場アゲイン



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by godeepsouth | 2014-08-15 23:28 | ニッポン遠征 | Comments(19)
Commented by kaneniwa at 2014-08-16 03:03
私の大学時代の先輩が、ついさっき
アウシュビッツを訪れて写真をFacebookにUPしたのを
見たところです。

20年前にたいへん多くの五十回忌を勤めたことを
思い出しました。

命みな生きらるべし

合掌

Commented by tuguki2964 at 2014-08-16 07:01
じぇに~さ~~~~ん!
うちから車で4~50分のところに、世界で唯一オリジナルのエンジン ‟栄” を搭載し、今も飛ぶことができる零戦が保管されてるんですよ~~!
年に一度、たしか、5月の航空ショーで飛ぶところがみられるはずなんで、ぜひ、ぜひ、いらしてください。


でっ、海軍には...潜水服をつけて潜った特攻兵士が敵の上陸用戦艦を竹竿に着けた機雷で攻撃し自らも爆死するという ‟伏竜” と言う作戦もあったそうです。
実際に使用される前に終戦になったためあまり知られていないと思うんですが、この非人道的作戦の訓練で、将校たちに ‟消耗品” と称されていた、海には全く素人の予備学生や予科練の青年たちが、潜水病やガス中毒でたくさんの命を落としたそうです。
Commented by getteng at 2014-08-16 07:26 x
じぇに-さん
それが、今や当時の鬼畜米に暮らしているという現実が不思議に思うことありませんか?
今でもまだ国連では我が国から「敵国条項」が外されていないのです。
そんな国が集団的自衛権云々はいいんですかね?
愚生が終戦の時は小3だったかな?
Commented by dranino at 2014-08-16 10:20
学校生活を卒業してから学ぶ事の方が
多いよね。o(^-^)

話は脱線しますが、日航機墜落事故から29年
がたちました。
先日、日航機墜落事故の特番を見ましたが、
事故で家族を亡くした御遺族の方々が、
可哀想で、可哀想で。。。
悲しい事故は、防げなかったのか。。。
なぜ?って思いが、頭の中を走り続けて。。。
なんの罪もない人たちが、突然、命を亡くして
しまう。
それが、戦争でなんて、この先絶対に
あってはならないことですよね。
Commented by takashi12k20 at 2014-08-16 12:00
特攻はほんと考えるだけでも気が狂いそうになる精神状態の中、当時の若者は自分で生を突然にして止めるという方法でしか戦えなかった…いろいろと言いたいことはあるが全て死者への冒涜につながるので控えます…
ただ現在、酒を呑んで人生を楽しむ自分が居れることにに感謝します。
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 00:14
マーヒーさま! やはりこの時期は
そちらにとって忙しい時期でもあるのですよね。
(ふとマーヒー様の正装思い出して
萌えちゃった。)

世界を巻き込む戦争で
結局有益なった国なんて無いのに
それでも争い絶えんの見よると
過去の教訓ってなんじゃったん、
思わずにおれんですよ。
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 00:14
Tugukiさま!うおおお
そんな超貴重な零戦お近くにあるじゃなんて!
もうこれはそちらへ向かわねばならん、いう
指令じゃ思うとります。
そちらのAirforce Baseでございましょうか。
未だ現役で飛べるとはさすが
呉が誇る工業テクノロジー!
おいらが向かうまで現役引退せんことを
願うばかりです。

伏竜、、これはもう
むちゃくちゃなヤケクソ的自爆といっても
おかしゅうないですよね。
伏竜の存在も現地で隊長に教わって
衝撃を受けたのですが
ここまで命が粗末に扱われるなんて
考えただけで可哀想でなりません。
回天もそこまで効果なかったらしいですし‥。

後から調べて分かったことですが
志願者募集の際には
自爆、自己犠牲、いう言葉は
使われずただ秘密兵器の搭乗員募集と
記されたそうで余計胸が痛みます。
まさに非人道的な事で消耗品扱いなんて、
当時の将校たち、イカれてますね。
残された遺族の方達には
国からの賠償なんてもちろん無かったのでしょうね。
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 00:15
Gettengさま、それは常に思いますよ。
こちらでアメリカの見解で
戦史習った事ありますが
教科書にはやはり
トルーマン大統領のあの指示で
戦争が集結、というように書かれてありました。
こっちに来たからには
ある程度覚悟はしておりましたが。

戦時中アメリカ大陸でも
日系アメリカ人が
強制収容所に連れてかれたりと
ただ日本の血が流れとるってだけで
差別受け取った事実は
あまり知られとらんゆうのに。

引き揚げてらっしゃらなかったのですか?
その当時はまだ日本に
お戻りされとらんかったとか‥
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 00:15
draninoさま、ほんまそうですよ。
自ら学ぼう、思い出したのは
実際卒業してからですもん。
ただし興味のある事オンリー^^;

あれからもう29年なんですね‥
当時のあの救出劇
ニュースで見たの覚えとりますよ。
あの「爆音」からの約30分間の事、
そしてあれから欠かさず山に登っての
遺族の方達思うと可哀想でやれんです。

戦争の悲劇、なんども繰り返しとりながら
未だどこかで戦争やるよる人類って
なんて愚か者なんじゃろ、
思わずにおれんよね。
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 00:15
呑んべえのタカシさま! 
ほんま敗北色濃いくなってきた時期の
特攻戦法、、
考えるたび悲しゅうてやれんです。

前にTVで観たのですが
当時特攻隊の一員として出撃に向かったが
機械トラブルで未遂に終わった
元特攻隊員が戦後
「あの時の日本はほんとうに命をお粗末にした」
語ってらっしゃったのが
忘れられません。

ほんま今
当たり前のように野球観て野次りながら
酒呑んでゲップ出来よる事、
改めて感謝しよります。
Commented by getteng at 2014-08-17 07:31
じぇに-さん
愚生の家族が九州に落ち着いたのは昭和18年か19年でした。
間もなく終戦(敗戦)で、景勝地・耶馬渓に母と弟と疎開したことを覚えております。

カ-プも一岡の穴は中崎で十分埋められるし、
ロサリオは出せば出すほど活躍が望めそうです。

先週に続き、今週いっぱいも雨の連続予報です。
洗濯物の乾きが悪くこまったことです。

今朝は貴あねも懐かしい「第一劇場」をupしました。
だいぶ前の在庫品ですが・・・。
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 20:58
Gettengさま、
日本では疎開されとったのですね。
うちとこは引き上げ組でしたので
いわゆる帰国子女じゃ思うとります。(違うか)

終戦直後に
おやじは歩いて38度線越えて「南下」したそうで
そこでつい先日まで敵であった
米兵にコーンビーフサンドイッチもらった事が
子供ながらなんて奇妙、思うたそうです。
そんな当時のお話
今のうちにまだ沢山聞きたい思うとります。
Gettengさまも
また語ってください。

わはは、第一劇場、懐かしいです。
もちろん出演なぞしてませんが。
カープ今日こそ勝たにゃいけんのに
今時点でリードされたまま終盤ですね‥
Commented by godeepsouth at 2014-08-17 21:22
Gettengさま、わはは
カープにぼやいた直後逆転しとる!凄いカープ!
堂林はやっぱ特別なもん持っとりますなぁ。
朝じゃけどビール開けたい気分♪ ガハハ
Commented by 泊まりのトトロ at 2014-08-18 08:48 x
江田島も行きましたよ。
さすがこのエリアは軍関係軒並み揃ってますね。
http://glassjaw.exblog.jp/7536392/
Commented by Godeepsouth at 2014-08-18 23:48
泊まりのトトロさま!わはは、
全く同じルートたどってらっしゃたのですね。
さりげなくネタバレなっちまった(笑) 

全く同じ角度からの画像も沢山あるけ
後に予定しとる江田島記事、新鮮味無いかも^^; 
でも海軍学校訪れた歳
海沿いまでは行けれんかったけ
現役潜水艦ナイスショット、有り難うございます!
そういえば
あっこのセブンイレブンにも寄った覚えが笑
Commented by 泊まりのトトロ at 2014-08-19 08:45 x
じぇにーさんの記事読んでいると寂しかった単身赴任地ではありますが何だか貴重な時間だったような気がします。
毎日毎日雨の日も風の日もそれこそ大雪の日も安佐北区の山の中から市街地の会社まで太田川沿いをバイクで通ってました。

何もかもみな懐かしい(沖田艦長風)
http://glassjaw.exblog.jp/10616208/
Commented by tuguki2964 at 2014-08-19 13:25
今っ、ふと気づいたんですが...。
あてくし、9枚目の写真の白ブラウスに濃紺(?)のベストとスカートのお姉さん、かなり好みです!
スカート丈があと5cm短く、ヒールがあと2cm高いとモアベターなんだけど...。
でも、しょせん、こういった清楚オーラ女子とは住む世界が違うアテクシゆえ、遠くから眺めてあこがれるだけなんですけどね...。
Commented by Godeepsouth at 2014-08-19 22:17
泊まりのトトロさま、
これも何かの縁でしょうね♪
我故郷での貴重な思い出を
こうにシェアできよるだけでも
バリ嬉しいですけ。

あはは、400キロ道路も
青春の思い出です。
シャコタン乗っけてもらったのも
その道路でした。
Commented by Godeepsouth at 2014-08-19 22:20
Tugukiさま!そうなんですよ!
私もこの清楚系制服お姉さん
あまりに新鮮じゃったけ
しばし見とれとったですよ!
スカート丈惜しい!思いながら(笑

こういう系ほんまこっちにおらんですし
黒髪ストレートほんま貴重ですよ。
日本でも少数組でしたし。

背はもう伸びんぶん
ちょっと今からまた髪伸ばしてみよっかな‥
(中年の勘違い)
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